景観研究を学びたい方へ

 

美しい景観と文化的環境を創る公共空間と都市基盤のデザイン

京都大学大学院工学研究科 社会基盤工学専攻 都市基盤設計学講座 景観設計学分野

川﨑雅史,山口敬太

 

1.景観研究の概要

当分野では、美しい景観と文化的環境に調和し、それを創造するための公共空間と都市基盤施設(インフラストラクチュア)のデザインに関する研究を行っています。景観と景域(同質な景観が広がる領域)は、気候的風土、社会的風土、地理的領域の概念を含んだ、自然から文化に至る幅広い環境の眺めとその記憶認識やイメージを指します。まず、景観・景域の空間的、時間的な構造と変化を、景観分析・地形解析、デザインサーベイ、歴史史料の分析などに基づいて把握します。そして、文化的で美しい景観や景域を創造するために、その基盤となる公共空間と都市基盤施設のデザインの目標像や設計方法論を研究から探り、実践的な提案を目指しています。

研究の対象は、公共空間全体に及びます。街路や公園広場、河川や疏水における水辺空間、橋梁やターミナル施設等の土木構造物・都市施設、また建築群や公共空間を含めた総体としての都市景観や歴史的環境などで、施設レベルから都市レベルまでのスケールの異なる幅広い対象になります。本来、景観は人と環境との相互的作用から生じる視覚現象ですから、景観を成立させる背景や要因も社会、地域風土によって様々に異なります。また、目に映る視覚現象は同じであっても、それを感じる、また読み取る人々の認識やイメージによって異なることも多々あります。

そのため、研究の方法論も、土木、建築、造園分野のみならず地理学や歴史学など人文系分野やデザイン系分野、医学系分野などの手法を援用するなど、対象に固有な方法論を選択しなければなりません。海外の大学では、景観設計の分野は、都市デザイン、建築設計、造園デザインと同様に、デザイン系学部・専攻におけるアーバンデザインやランドスケープデザインの分野を形成しています。

また、地域と社会に密接な関わりをもつ景観の課題は、一般化や抽象化をするシンプルなモデルでは解くことができない複雑系の課題が多く、複数の手法や提案を総合的に援用することが多くなります。対象を現場で確認し、視覚的に調査分析を行なうことによって課題を明確にすることが一般的ですが、解決への全体像を早急に描くこと、複数のデザイン案を比較展開する中で洗練させていくヒューリスティックな方法も設計の実践力を高める上では重要です。そのため、景観設計のシミュレーションを通じてのデザイン経験やトレーニングを占める部分も必要とします。実学としての技術を学ぶことは大学教育が近代化の都市づくりを支えた大学開学時の明治期の教育方法からの伝統でもあります。

2.文化、風土へのまなざしから生まれる景観の視野

景観や風景は、英語ではランドスケープという言葉で一般的に表現されています。これらの概念は16世紀の近代初頭のヨーロッパにおいて現れます。最初は自然を描画した風景画を表す言葉や意味が現れ、つぎに風景の意を表す言葉としてドイツ語のラントシャフト(Landschaft)やフランス語のペイザージュ(paysage)が使用され、最後に英語のランドスケープが生れ、景観や風景の概念が定着しました。物理的には山や川のような自然が存在していても、景観という概念自体を知らない民族もあります。そこに住む人が社会的、文化的な活動の背景や自分との関わりの中でそれらを景観として見ようとする主体的な意志が働くところに景観の概念が成り立ちます。その意味では、景観の価値は、時代や場所によって意味づけられる社会、文化的な価値基盤の上に成り立っていると考えられます。

日本では約1000年も前から和歌や文学の中で「けしき」という言葉が使われ、自然や生活の様子が風景として表現されてきました。「草木国土悉皆成仏」に表現されるように豊かな自然の中に神々を感じて信仰の中心としてきた日本人には、宗教的祭儀や豊穣祈願などを通じて山や森を生活の背景のみならず安寧の対象として景観をみる見方が成立しました。京都の歴史的な社寺の中には、円通寺や実相院をはじめ、自然の借景を中心とする美しい庭園があります。それらによって、人々の身近な居住や活動の空間の視線の先には、懐の深い自然を感じる洗練された見方が生まれ、心に安寧を与えてきたものと考えられます。

八坂界隈の東山一帯の絵図をみると、人と自然の間には、山辺の自然と文化が渾然一体となった景域が発達してきたことがわかります。都市と自然の間の領域にある山辺や水辺が都市の中で西欧の公園広場のような重要な役割を果たし、そこには自然と調和する景観づくりのための敷地造成や施設構築、設計の知恵が隠されています。また、湿気が多く、熱帯と温帯の両面的な性格をもつモンスーン気候の中では、陰翳礼讃のような独特な美の見方が現れることも気候風土の基盤の上にあります。

 

図1 八坂神社界隈の東山絵図  図1 八坂神社界隈の東山絵図

 

このような自然環境と風土に根ざした日本文化の価値を分析理解することを共通のベースにして、現代への新たな都市施設や公共空間のデザインを展開することが重要と考えています。
近代以降の大量生産、経済性、機能性を追求した都市づくりから、現代では地球環境問題や高齢化社会などの21世紀型都市の課題解決を迎えて、都市づくりのパラダイムの転換が必要となりました。景観やアメニティを向上させることによって、観光をはじめ生活や産業による都市の活性化を育み、21世紀型の課題解決の主要な手段としてこれを捉えていきたいと思っています。

平成16年に景観法が設立してから景観行政の推進と市民意識の高まりに一層の拍車がかかりました。景観法は、自治体独自の条例や都市計画法、建築基準法のみでは強い誘導や規制ができなかった状況の中で、市町村が主体となって景観誘導・規制の共通の枠組みや罰則などの強制力を与え、先進国として優れた都市景観を創造していこうとする大きな動きを起こしました。その中で、都市景観の規制誘導のルールづくり、公共事業のデザイン指針や都市緑化手法などにおいて研究成果が望まれています。また固有の風土に根ざしながら長年営まれてきた人々の日常の生業や生活の風景の中に価値を再発見し、維持していくための文化的景観も推進されています。

以上のような社会的背景も踏まえながら、当研究室では都市のあり方を模索し、風土へのまなざしから生まれた景観の視野を新しく拓きたいと考えています。

3.景観設計学分野の研究内容

当分野の研究概要について、以下に3つの主要なフィールドにしたがって紹介します。

 

(1)景観分析・景域分析LandscapeAnalysis

景観を体験する人の視覚的な現象の解明と認識・評価のあり方を対象とする景観分析と、風土や地形、地理的、文化的環境を対象とし、良好な景観・景域の創造と持続的なマネジメントに資する原理を探求する景域分析を基本としています。景観分析については、人の視覚的な側面である見え方や人々の認識、評価に関する視覚原理を探求します。

自然から人工物まで様々な景観要素における形態や色彩に関する評価分析、山並みや都市への眺望景観の評価分析などがあります。イメージ分析や文学等のメディアの分析によって人々の心に長く定着した原風景や典型的な景観を抽出評価する研究、近年では医学系分野との共同研究により脳血流の測定による生理学的な景観評価にもチャレンジしています。

図2 GISによる清水寺成就院の地形と庭園からの眺望範囲の分析   図3 清水寺成就院庭園における見え方の分析

図2 清水寺成就院の地形と庭園からの眺望分析    図3 清水寺成就院庭園における見え方の分析

景観設計の目標像を考える上で基礎となる景域分析については、文化的に洗練された佳良な景観が広がる景観領域の構成と形成原理について、地形・眺望解析、史料分析を通じて探求します。とくに、京都に代表される山辺や水辺に広がった景域には、風景創造に関するデザインや構築技術の知恵があります。GIS(地理情報システム)やCG(3次元グラフィック)システムの援用による地形と敷地の解析、眺望特性の分析、デザイン調査を丁寧に行い、その規範となる空間構成やデザインの技法を明らかにして、景域創造のあり方を研究しています。

図4 清水寺参道付近の地形とまちの復元  図4 清水寺参道付近の地形とまちの復元

(2)景観デザインDesignMethod

街路と広場・公園、水辺とウォーターフロント等の公共空間、および橋梁、高速道路、ターミナル施設などの都市インフラ施設のデザインを対象として、人と環境に調和して文化的活動を誘発する美しい空間の創造と施設の実践的な設計提案をめざしています。そのために、景観設計における設計の明確な目標像を描き、実現性を高めるための理論的、経験的な方法論を研究しています。

すなわち、設計イメージの導出と空間構成の創出方法、形態と構造の原理と関係性、行動予測と空間の適正な規模スケール、設計目標の表現・予測シミュレーションと図面化の技法、設計プロセス、マネジメント、色彩・テクスチュア分析などの景観設計の方法論に関する研究と実践的デザインの提案を行っています。

図5 道路(盛土構造)のデザイン提案

図6 広場のデザイン提案

図5 道路(盛土構造)のデザイン提案      図6 広場のデザイン提案

図7 橋梁の形態と構造の原理  図8 橋梁のデザイン提案

図7 橋梁の形態と構造の原理       図8 橋梁のデザイン提案(学生によるコンペ作品、最優秀賞受賞)

(3)都市デザインUrbanDesign

自然環境と人工的な環境(公共施設や建築群)が集合体として表れる都市スケールの景観をマクロな視点で見たときに、その適正な景観構成や都市イメージ、沿道景観のあり方、歴史的環境の整備など、人々に文化的な行動や安らぎを与えるための空間的な規範を探求します。そして、都市デザインの方法論やバックグランドとなるデータの蓄積を行い、都市景観の誘導や政策手法についても研究を行ないます。
これまで、疏水や運河、街路などの近代土木遺産をはじめ都市の歴史遺産や文化的景観の価値を発見し、その活用を通じて都市の活性化や文化的景観の発見を促す歴史的アプローチの研究を行ってきました。さらに、山並みと都市における適正な眺望景観の評価、公開空地・緑地のデザインなど都市デザインの政策的な側面からの研究も試みています。

図9 東近江市伊庭町における水郷景観と水路網の復元  図9 伊庭町における水郷景観と水路網の復元

(“人融知湧” 社会基盤工学・都市社会工学 ニュースレター Vol. 5(2012年9月)「研究最前線」より転載)
http://www.um.t.kyoto-u.ac.jp/ja/information/newsletter/newsletter-vol5